溝口紀子さん(高42回) 2007年末に、男児を出産した。36歳の初産はリスクを伴った、34週にいきなり妊娠高血圧を発症したのだ。肺呼吸ができる35週1日を待って帝王切開で出産した。後になって知ったのだが、どうやら妊娠高血圧発症、帝王切開の母親はこの時点でおちこぼれママと思う人も少なくないらしい。
産後、母乳育児を目指していたが、母子ともに初めてのせいか思うようにいかず、ある母乳相談室を訪ねた。「母乳はすばらしい。ミルクで育った子はキレル子になってろくな大人にならない。」といきなり一撃をくらった。なぜなら私の母親は母乳がでず私は100%ミルクで育ったからだ。さらに、私の職業を聞かれ、育児休暇をとらず、すぐに職場復帰しながら母乳育児をしたいというと、その助産婦は「あんたは帝王切開で無理やり子供だして、陣痛もしらないくせにすぐに働こうなんて最低な母親だね。どうせ母乳は無理だからうちに通う資格なし。」と追い出された。

 その時、母乳育児に強烈なフェミニズムを感じた。この一件で、「ミルク100%の私だって五輪で銀メダルを取れたんだから、陣痛もしらない落第母親だけど母乳で育て、仕事と両立させてみせる」と誓ったのである。科学が進んだ現代でも、育児論には、昔ながらの伝統や慣習に縛られていることが多い。そして、アラフォー世代のキャリアを積んだ女性にとって「できにくい、産みにくい、そだてにくい」の3拍子の現実社会を、身をもって痛感した。その中で、私が育休を取らずに仕事を続けたのは、職場や家庭の理解があったからこそだが、なにより自分の息子に、私なりの方法で誇れる母になりたいと思った。
 出産したときに、フランスの友人から贈られた言葉に「Magique des enfants こどもマジック」がある。こどものおかげで、人生のさまざまな場面で、今までうまくいかなかったことがよくなったり、窮地に助けられたり、何よりも人生そのものが輝きを放つという。実際、育児をしてわかったことは、育児には理屈では説明できないマジック(魔法)があるのだ。そして現在、子供と一緒に過ごす時間こそ私にとっての魔法の連続である。

溝口紀子さんのプロフィール
埼玉大学大学院教育学研究科修了(1997)、静岡県立大学短期大学部社会福祉学科助手(1997)、 バルセロナ五輪柔道52kg銀メダル(1992)、文部大臣賞スポーツ功労賞(1992)、埼玉県民栄誉賞(1992)、福田町民栄誉賞(1992)、静岡県知事特別賞(1992)、NHK静岡あけぼの賞(1998)、フランス・スポーツ省 柔道ナショナルコーチ(2002-2004)、静岡文化芸術大学文化政策学部国際文化学科講師(2005-2008)、現在、静岡文化芸術大学文化政策学部国際文化学科准教授(2009)、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻相関社会科学分野博士後期課程在学中(2009)

2009.06.15